学校長  野村 春路
 新入生のみなさん、ご入学おめでとう。ようこそ、芝浦工業大学柏中学高等学校へ。今日から高等学校285名、中学校194名のみなさんが、芝浦工業大学柏高等学校と柏中学校の生徒となりました。実は私もこの4月から校長となり、その意味ではみなさんと同じように「フレッシュ」な気持ちで、今ここにおります。
 さて今日みなさんの入学にあたって、近い将来の社会の変化について触れておきたいと思います。現在世の中は大きく変化して行く過程にあります。2030年ごろには、人口知能(AI)を使い、人々の生活が効率化され、職業・仕事においては、すでにある職業のある業種は大幅に削減され、他方新たな仕事が生まれてくると予想されています。これを踏まえると、みなさんからこのような問いが投げかけられるかもしれません。「中学・高校での勉強をしていれば、大きく変わっていくかもしれない新しい社会に対応できるのですか?」この問いへの答えは、「yes(はい)」でもあり、「no(いいえ)」でもあります。
 まずは、「yes(はい)」の方からお話ししたいと思います。日本の歴史においては、今までにも大きな社会の変化がありました。一つは明治維新、もう一つは第二次世界大戦の敗戦、これらはそれ以前の国家や社会の体制が大きく変更されたという意味で2大変革期であったことは間違いないと思います。そのうち、江戸から明治は鎖国から開国へと大きく舵を切り、欧米の先進文化を取り入れ、日本が世界システムに組み込まれた大変革の時代でした。
 ここで1つの例を挙げましょう。江戸時代の終わり、1853(嘉永6)年にアメリカ合衆国はペリーを全権として、日本に開国を求めて来ました。幕府は回答を一年後に引き延ばし、翌年には日米和親条約を結ぶことになります。この時アメリカとの交渉にあたった幕府の担当者はどのような人たちであったのか。彼らは江戸も終わり、1792(寛政4)年から始まった「学問吟味」という学術試験に合格した、必ずしも家柄が良いわけではありませんが、新たな局面に対応できる実力本位の人材でした。この難関の学科試験の教科は、幕府の学問であった儒学の一派である朱子学、その朱子学において、四書五経と呼ばれる古くからある中国伝来の書物が教科書となっていました。よってアメリカとの交渉に際しては、ペリーに同行した中国語通訳によって翻訳された漢文(中国語の文)を、さらに日本語に訳したものをもとにして、条約内容を把握しました。結局、日本語・英語・オランダ語・漢文の4種類の文書が、条約締結の時には用意されたのです。外国との交流や交渉では言語のことが問題とされますが、ここで重要なことは言語の壁があるにせよ、それらの問題点を自分の理解できる領域に引き寄せ、既成の学問を土台にして、幕府の官僚が世界情勢や条約の内容・概念を正確に理解していたということです。
 この先の時代、明治維新後に活躍した人物の中には、江戸時代末にオランダを中心とした学問、あるいはイギリスやフランスからの洋学を学んでいた人たちもおりましたが、明治時代を政治、経済などの様々な分野でリードして行く人たちは、やはり四書五経を教科書とする朱子学の素養を修めた人々でした。
 結論付ければ、明治維新を推進した人は、それ以前の江戸時代の学問領域をしっかり身に着けていた人たちですし、また戦後日本の復興を支えた人たちは、やはり戦前の教育をたっぷり受けた人々であったはずです。これから来る変革がどのようなものであれ、目の前の精選された「知の体系」に本気で取り組むということが、これから生きて行く上で最も大切な準備であるのです。中学高校のみなさんにとっては、中学9教科・高校11から12教科の教科学習こそが、真剣に取り組むべき対象であり、中学高校の中等教育では、大学での専門領域に入るための基礎的な事柄をしっかりと身に着けることこそが大切なのです。入学式にあたって何を当たり前のことを言うのだと笑われるかもしれませんが、教科学習に全力で取り組むということこそが、予想のできない未知の現象に対応する最善の方法であると考えてください。
 さて先ほどの問いにもう一度戻りましょう。「中学・高校での勉強をしていれば、大きく変わっていくかもしれない新しい社会に対応できるのですか?」の答え「no(いいえ)」について、触れなければいけません。これから話すことは重要です。教科の勉強にしっかり取り組む上で、新しい内容が出てきた場合、まだ教わっていないがゆえに、与えられた範囲だけ予習・復習する、試験範囲に入っていないから、その先の勉強をしない、つまり自分で枠を決めてしまい、それ以外のことを否定する精神の傾向、このような姿勢で教科学習に臨むのであれば、先ほどの問いの答えは、「no(いいえ)」となります。なぜなら、このような心構えでは、未知への準備、予測できないものに出会ってもしっかりと向き合うことができないからです。もちろん最初は与えられた宿題や課題をこなすだけで大変でしょう。ですが学習習慣が整ううちに、自分で考えながら先へ先へと学習を進めて欲しいのです。「教えてもらう」から自ら「学ぶ」へと変わって行くことが、みなさんに課された使命であります。明治時代や戦後の先人たちは、この使命を自覚していた人々であったに違いありません。
 みなさん一人一人が、未来を変える大きな力を持っています。そのために入学式にあたり、「教科学習にしっかり取り組み、自分で学んで行く姿勢を持つこと」の2点をお話しました。