巻頭 1

 未来予測における人工知能
学校長  野村 春路
 この4月より、柏中学高等学校の第7代の校長に就任しました。高校開設以来37年目、中学開設以来18年目の春を迎えて、「創造性の開発と個性の発揮」という建学の精神に基づき、今まで築き上げて来た伸びやかな校風を守り、さらに生徒の自主性を目覚めさせるために力を尽くしたいと思います。
 さて、新年度にあたって、ここでは近未来の予測について触れたいと思います。このテーマに関しては、研究者・有識者を中心に様々な方々が取り上げ、これからの方向性に関して提言をしています。この『増穂だより』においても、菅沢前校長が第203号(未来の仕事を考える)で、久保田副校長が第200号(どのような仕事に就きますか)で扱っております。本校ホームページにバックナンバーが掲載されておりますので、合わせてお読みください。
 ここでは博報堂生活総合研究所が公表している「未来年表 〜Future Timeline 2014-2100〜」(https://seikatsusoken.jp/futuretimeline/)を取り上げてみます。この年表は、そのトップページの解説によると、「未来予測関連の記事やレポートから「○○年に、○○になる」といった情報のみを厳選し、西暦年や分野ごとに整理した未来予測のデータベースです。」となっています。その対象とする分野は、医療・宇宙・カレンダー・環境・技術・経済・交通・資源・社会・情報・人口・通信の12分野であり、現在は2017年から2114年までの予測をまとめています。広汎な分野について、今後約100年間の未来予測を立てていますので、大変興味深い研究発表ということができます。
 その中で人工知能を一つの具体例として挙げてみましょう。例えば最近話題になった「アルファ碁」ですが、2005年の時点では「ソフトがプロ名人との対局で勝利をおさめる」のは2030年となっていましたが、2012年の時点では、「ソフトウエアの棋力が、プロ棋士と肩をならべる」のは2017年、「ソフトウエアの棋力が本因坊を上まわる」のは2020年の予測となっていました。しかし実際は2016年初めには世界的な囲碁の実力者を4勝1敗で打ち負かしました。これは予測を上回る速度で人工知能(Artificial Intelligence、AI)が進展しているとうことです。この成功について、ソニーコンピュータサイエンス研究所の北野宏明氏は「二つの方法を組み合わせたことが急速に強くなった秘密だと思います。まず、『深層学習』という機械学習です。人間の脳の神経回路をまねた仕組みである「ニューラルネットワーク」を多層的にしたもので非常に高い精度のパターン認識ができます。これで盤面を理解し、打ち手のパターン分類を行います。そのうえで、勝利する確率が高い手筋を候補として残す『強化学習』を使うことで、打ち手を決定するのです」と述べています。実際の対局では、解説者がすぐに理解できないAIの指し手の意味が、しばらく後になってから分かる、ということが繰り返し起きたということです。ここでは認知科学の成果が応用されていることがわかります。現在、世界中の優れた人材が認知科学の分野に携わり、記憶のメカニズム、知識のシステムを脳科学の面を踏まえて研究を続けているのです。
 未来予測に戻り、人工知能関連では、国産の人工知能(東ロボくん)が東京大学の入学試験に合格するのは、2021年となっていますが、現段階では2015年6月に進研マーク模試を受け、5教科7科目950点満点中511点を取り、偏差値57.8、国公立33大学含む474大学で合格可能性80%という判定を得ています。東ロボくんが書く小論文は、キーワードをもっともらしく並べただけで意味不明であるそうですので、東大合格まではまだもう少しの段階であることはわかりますが、すでに多くの受験生が東ロボくんに負けていることは確実ですし、東大合格は2021年の前には達成されるのではないでしょうか。
 続いて2025年には、人間の代わりにスポーツの審判をするAIが実用化する。2026年、語学学校で外国語教育をするAI語学教師が半数をカバーする。そして2030年、コンピューターのAIが人間と同等の認知、判別能力をそなえると予測しています。2030年がAI技術における大目標達成の時点となっているのです。これより先の問題は、人工知能がシンギュラリティ(Technological Singularity、技術的特異点)に達するかどうかであります。これは簡単に言えば、AI自身がAIを生み出し、科学技術の進歩を支配するのは人類ではなく「強いAI」となり、人類が自分で技術の進歩を行うことは通用しなくなるかもしれないという見方です。これについては肯定、批判の両面があり、一般の人々にとっては、SF小説や映画の世界を想起させるテーマです。未来予測では、2045年に特異点に達するとされていますが、実際はどうなのでしょうか。
 このような変化の中で、私たちはただ立ちすくみ、流されて行くだけなのでしょうか。技術が大きく発展して行く中で問われるのは、何のための技術であるのかであります。東ロボくんが東大に合格することは、一つの到達点ではありますが、目的を達成するためのあくまでも手段です。手段を目的化することは、科学技術においては場合によって危険を増大させます。遺伝子に関わる医療技術や核分裂・核融合を利用する技術などは、目的を明確にしなければ、人類に大きな災いを遺すことになります。先ほどのAIの技術的特異点の問題も、まさにAIの目的が何であるのかに大きく関わっています。ただし、その技術が人々を幸福にするのかどうか、これは簡単には判断できない問いです。と言うのは、一つの技術はある人たちには有効であっても、その他の人々には幸せをもたらさないこともあるからです。この段階で今言えることは、その技術が何を目指しているのかを常に注視することだと思います。
 そのために、自分で情報を手に入れ、それを分析し、その技術の進展に対し、自分なりの意見・考え方を持つということが、これからの技術革新の時代に必要となるのです。