巻頭

 未来の仕事を考える
学校長  菅沢  茂
  近未来に、現在ある仕事の多くが「人工知能(Artificial Intelligence: AI)」に取って代わる、とする見解が増えてきた。しかし、ロボットを作るのは人間であり、その知能をプログラムするのも人間である。だから、人間の仕事がそう簡単になくなるものではない、と私は高をくくっている。しかし生徒が職業選択への危機意識をもって、未来の仕事についてよく考えるきっかけとなれば幸いである。なぜなら、生徒が将来就く職業に関心を持ったとき、夢と希望が湧いてきて、いつの間にか翻然として学習意欲が高まるからである。
 以下では、囲碁の対戦で人工知能がプロの棋士に勝ったことや、カナダ奨学金財団へのインタビュー記事から未来の仕事について考えてみたい。
 いま、“IoT”が脚光を浴びている。「Internet of Things(モノのインターネット)」のことである。具体的には、スマホはもとより、身に付ける機器、ロボット、自動車、住宅、家電、医療機器等、身の回りにあるモノにセンサーが組み込まれ、直接インターネットにつながってモノ同士、モノとヒトが相互に通信できるような仕組みのことである。すでに2015年の時点で約50億個の機器とインターネットがつながっていて、4年後の2020年、東京オリンピックの年には5倍の約250億個とつながるという。そのIoTが「ビッグデータ」を生み出し、さらにビッグデータを解析するための人工知能と結合して様々な分野の仕事に応用されていくのである。
 例えば今年1月28日の報道によれば、米IT大手グーグルと英グーグル・ディープマインド社の研究チームは、開発した人工知能のコンピューターソフト「アルファ碁(AlphaGo)」が欧州のプロ棋士と対戦して5戦全勝した、と27日付の英科学誌ネイチャー電子版に発表した。人工知能がチェスや将棋との対戦勝利に続いて、ようやく囲碁でも本物のプロに勝ったのである。
 囲碁は盤面が広く対局の展開パターンも10の360乗通り以上で、優れた囲碁ソフトでもこれまではアマチュアレベルとされ、最先端のAI技術を駆使してもプロ棋士に勝つことは容易ではなかった。しかし同社は、AI開発専門のベンチャー企業であり、可能な次の手を単純に計算する方法ではなく、人間のように膨大なデータを学習して判断能力を高める「ディープラーニング」と呼ばれる新技術を導入しアルファ碁の開発にこぎつけたという。
 このディープラーニングは人間の脳の神経回路を模して情報を処理し、「コンピューターが自ら学ぶ手法」といわれる。いまAI技術の最先端の手法として、自動運転技術など交通部門や医薬開発、人間に近いロボット開発などへの応用研究が進んでいるという。AIの恐るべき進化である。このようにして、棋士も含め現在ある仕事の多くが、本当にこの10年から20年の間に人工知能で代替されて無くなるのだろうか。
 アメリカでは、アップルやヤフー、グーグル、フェイスブック等、この30年で新たな起業家による情報産業の成功例が続々と生まれている。西海岸では、優秀な学生はほとんどシリコンバレーで働きたがる。それゆえ金融をはじめとする既存の産業は、今や不人気業種で人材確保が大変だという。またドイツでは、IoT革命による「インダストリー4.0」をスローガンに掲げて、工業技術のデジタル化を国家の経済戦略としている。
 一方わが国では、今年の学生の就職人気企業ランキング上位を見ると30年前とさほど変わりがない。東電が消えたが、電通・ANA・伊藤忠・JTB・博報堂・サントリー・ニトリ・資生堂・三菱東京UFJ・JALが10位までに選ばれている。学生たちは、寄らば大樹の陰を決め込んでいるのかもしれない。日本では起業の成功例が少なく、大企業の新規プロジェクトも最近は成功しにくい状況である。リストラ中心の守りの事業展開、後ろ向きの仕事になっている、という指摘もある。
 次に、カナダ奨学金財団(CST)が編み出したイメージ「未来の9つの仕事」を紹介したい。(Business Insiderの記事“9 Futuristic Jobs We Could See By 2030” May 5, 2014 による)
 CSTは、単に将来の仕事がなくなると子どもや親を脅かすのではなく、広い視点から高校生が未来の仕事を見つけ出せるようにしたいと考えた。また、未来を志向する学生らに対して重点的に奨学金を投資するため、40余りの様々な分野の専門家と協議を重ねた。その結果、2030年までに見ることができる仕事として、以下のような近未来のイメージを発表したものである。
◇Aquaponic fish farmer(近未来には海も川も湖も汚染され、自然の魚は食べられなくなる。このため室内で魚に餌をやって養殖し、その水で野菜を栽培してきれいになった水を魚に戻す、循環方式のアクアポニックス養魚者)
◇Tele-surgeon(遠く離れたところからロボットを使って、多くの患者の手術を遠隔操作で行う外科医)
◇Nostalgist(施設ではなく快適な昔の環境を提供する人)
◇Re-wilder(不便で非効率で物質的に貧しいローカルな生活の中に喜びを見出す人のため、〔明治神宮の森のように〕人工的な都会を元の田舎に戻す専門家)
◇Simplicity expert(例えばこれまで3日かかった仕事を30分に簡素化できるような専門家)
◇Garbage designer(膨大なゴミを再生産して高品質な商品に作り替えるデザイナー)
◇Robot counselor(家族の一員となる最適なロボットを紹介するカウンセラー)
◇Healthcare navigator(その人に適した病院や医療を案内し、病人やその家族を医療ストレスから解放する人)
◇Solar technology specialist(太陽光技術コンサルタント)
  将来の仕事を考えることは、中高生や保護者にとって重大な問題である。しかし、いたずらに焦ったり心配したりせずに、むしろこのようなCSTが描いた近未来のイメージを新しい仕事を考えるきっかけとし、明るい夢と希望を思い切りふくらませてほしいと考える。