■巻頭■

 マレーシアとの学校交流について
中学副校長  野村 春路
 昨年の7月『増穂だより第189号』の巻頭で、マレーシア研修旅行の目的について、所感を述べたが、今年も引き続きマレーシア研修旅行について、触れたいと思う。
 私がマレーシアを最初に訪れたのは、2007年のことであり、その時の交流校は、SMK Putrajaya1〔現在、Putrajaya8(1)〕であった。その後、この相手校との6年間の学校交流は、明らかに3つの点で進化をしている。その第1の点は、交流のメニューを時間の目安をつけて、策定するようになったこと、第2はそのメニューの内容を事前にある程度交換し合って活動するようになったこと、第3に生徒集団の動かし方の3つである。
 第1の点については、以前は時間の枠は決まっていたが、何時から始まり何時に終わるのか、という点が緩やかであった。昼食にしても、我々が交流校に到着してから、相手校の食堂でご飯を炊き出すという状態で、予定していた昼食時刻には当然間に合わないが、それなりに間延びしながら、伸びやかに時間は過ぎて行った。万事がこのような状態であったが、本校との交流に慣れてくると、次第に個々のメニューの時間枠を意識してもらえるようになる。例えば40分なら40分の学校紹介枠において、何をどのくらいプレゼンできるのか、そのためには事前にどこまで準備すればよいのか、しっかり見通しを立てて活動していると思えるのである。なぜなら、予定したメニューが手際よく進行して行くからである。第2の点は、第1の点と関連していて、自分たちの活動時間の策定ができるようになったので、芝浦柏側のメニューの所要時間、内容を確認し、交流全体の見通しを考えるようになったということである。第3の点については、初めのころはグループごとにある程度並んでいるだけで、グループ番号がすぐにはわからないので、マレーシアの班と日本の班とがうまく一緒になれないため、ばらばらになることもあったが、このところグループごとにきちんと整列させ、リーダーにグループの番号プラカードを持たせて、お互いのグループがまとまって動けるようになった。また、交流班ごとに、校外へバスで出かける時も、どのバスにどのグループを配置するか、事前に設定しておいてくれるので、スムースに移動ができるようにもなった。これらの準備・工夫は、日本の我々にとっては、当たり前の考え方なのであるが、マレー系の人にとっては、おそらく学習対象なのであろう。効率の良い時間の使い方、場所の取り方、その枠の中で効率よく活動をするということである。日本人は、集団活動の中で効率を重視するので、この効率性が相手校に浸透し出したのである。お互いにこの点に気づいていないのかもしれないが、これは文化交流の一面であると思う。ただし別の面から見れば、効率性など無視して、自分の心のおもむくままに、相手と心ゆくまで時間を共有し合うという前近代的な人間交流の在り方を、失ったということでもある。このことに気づいた私は、やむを得ないこととは言え、何とも淋しく思うのである。

 オーストラリア研修の歴史
高校副校長  久保田 剛司
 先月下旬、高校2年生(33期生)のオーストラリア(以下、豪州)研修が無事に終了しました。昨年からファームステイに代わって始まった、世界で3番目に大きい砂の島であるモートン島での地質・海洋環境学習やデザート・サファリ、野生イルカの餌づけ体験に加えて、新しいプログラムとしてシドニーでの1泊ホームステイも入り、盛り沢山な研修でした。中でも今年で9回目となる姉妹校リディーマー・ルーセラン・カレッジでの“シバカシ・デイ”は、例年にも況して充実した一日となりました。
 本校の高2研修は、開校以来様々ユニークな形態を模索して来た経緯があり、その歴史を辿るだけでも相当なページ数が必要です。そこで今回は、2004年から開始された豪州研修に限定して紹介したいと思います。もとを辿れば、本校英語科教諭とリディーマー校日本語クラス教諭との個人的な繋がりから豪州ブリスベーンでのホームステイプログラムがスタートし、交流を重ねる中で2000年に両校の間で姉妹校関係が締結されました。この頃本校では、長年続けてきた九州での研修から、沖縄や北海道の富良野・美瑛地区でのファームステイを中心とした研修に移行しつつあり、特に北海道のファーム体験の満足度は年々高まって行きました。一方、当時の外貨レートでリディーマー校との学校交流を軸とした4泊6日の豪州研修費用を試算したところ、北海道研修+α程度で可能であることが判明しました。またファームステイはむしろ豪州の方が歴史は長く、プログラムも充実していることに加えて、中入生がマレーシア研修を経験している中で、高入生にも海外研修を設定することで私学としての魅力向上にも繋がるものと判断し、実施に踏み切ることとなりました。それでも開始学年となる24期は、慎重を期して従前の北海道との選択制でスタートしました。結果的に、北海道を選択した生徒は1クラス分に留まり、大多数が初の豪州研修を充実感を持って無事に終えたことで、翌年からは全面実施となりました。初年度は4つのファームに分かれての実施でしたが、翌25期からは評判の良かった2ファームに絞り、研修の目玉とも言えるリディーマー校での“シバカシ・デイ”のプログラムも、オープニングセレモニー・モーニングティー・文化交流・スポーツ交流・ランチタイム・エンディングセレモニーという枠組みは変えずに、毎年各々のメニューに工夫を凝らしながらより充実した内容に進化させてきました。28期まで順調に続いた豪州研修でしたが、2009年は新型インフルエンザの世界的な流行から海外研修を断念せざるを得ず、29期は同年12月に沖縄での研修を実施、ファームに代わる伊江島での民泊は図らずも非常に好評でした。翌2010年からは再び豪州研修が復活しましたが、この年限りでJALがブリスベーン直行便を廃止したため、2011年からは飛行機の関係で学年を二隊に分割し一日ずらしての実施となり、更にシドニーでの乗り継ぎも余儀なくされるようになりました。加えて、開始当初はなかったオイル・サーチャージが年々高騰を続け、費用面での厳しさは増してはいますが、これまでの積み上げで充実した研修プログラムとなっていますので、更に工夫を重ね、継続を目指したいと考えています。