■巻頭■

 書を読んで、世界へ出よう
教頭  杉浦 正和
  寺山修司という劇作家が、1967年に「書を捨てよ、町へ出よう」と青年へ呼びかけた。書物の世界に埋もれずに生の現実に向き合えというメッセージだった。今やバーチャル世界とグローバル社会が急拡大し、町ではおさまらなくなった。ということで、あえて「書を読んで、世界へ出よう」と呼びかける。とりあえず、本校の図書館に顔を出すことを勧めたい。そこで、本を手にとり見て読んでみることだ。
 私は本大好き少年で、高3秋に学校図書館から本を借りる唯一の高3生という優越感を楽しんでいた。夏休みあけに文転して、猛烈に冤罪事件や法社会学、人民運動史など社会科学系の本ばかりを読んでいたのである。それまで読んでいた心理学や数学、物理学系から様変わりしていた。私にとっては、それまで読んだ自然科学系の本に吸引力が足りず、興味の方向を変えてしまったということである。
 ところが、今はずいぶんと面白い理系の本が増えた。最近図書館で見つけた2冊の新書を紹介しよう。まず、長谷川栄祐『働かないアリに意義がある』。アリは社会をつくる真社会性生物で、働きアリは子供を産まず、自分の遺伝子を残すことなく死んでしまう。そして、働かない働きアリもいるという不思議。アリ社会では人間と違って組織の司令部がなく、できるのは小さな脳による単純反応だけである。そんなアリ社会の存続には、どんな「想定外の危機」にも対処する仕組みが不可欠である。その答が、懸命に働く者と「働かない」者がいるという、多様な個性の存在なのである。アリにも「個性があるのか!」と驚いてしまうが、あとは読んでもらおう。
 次に、石川幹人『人はなぜだまされるのか 』。クイズで知っているだろう。映像がゆっくり変わっていくとその変化に中々気づけない。ダンスする人々の数を数えろと言われると人々の間をゴリラが歩いても気づかない。同じ長さの線が違って見えたり、中の欠けた線分の組合せが三角形に見えたりする。人間が見ているのは、外界が視覚にそのまま反映したものではない。見えるものは、脳で処理された知覚なのである。こうした特殊な知覚のあり様は、動物から人類へと進化する中で、様々な厳しい環境を生き抜くために獲得したもので、大きな意味を持っていることが説明されている。
 どうでしょう、興味深い研究ではないか。この2冊は進化生物学と進化心理学の本で、これらの成果は歴史的変化を自然科学が深く捉え始めた結果だろう。文系理系に関係なく、刺激的な最新研究が気軽に読める新書で紹介されている。ぜひ図書館でそうした新書を発見してみませんか。

 枯れ木も山の・・・
生徒部長  三上  満
 数年前から耳にしていた東北の山の異変を目の当たりしたのは今年の10月初旬のことだった。ここ10年来、私は毎年10月初旬に、山形新潟県境にある朝日連峰に紅葉見物登山に行くことを半ば習慣としている。それは稜線の楓、山腹のブナや山麓のミズナラの黄葉見物を何よりとする山旅なのだが、今年はそのブナやナラ類が片っ端から葉を落とし、広大な森林が文字通り枯れ木の山になっていたのだ。今回の山旅は休み明けの8日(土)から。昼過ぎに勤務を終え八千代市を16:00に車で出発。登山口の朝日鉱泉に真夜中に着き、登山開始は午前3時という強行日程で、主峰大朝日岳(1870m)を北西に見る絶好の見晴台、御影森山(1534m)に7時前登頂で撮影後、昼寝などで時を過ごし、山腹の黄葉の夕映えを撮影し下山する予定だったのだが、途中ヘッドライトをしまう頃には黄色に浮び上がるはずの向かいの主稜の山腹が、何時迄も墨染め色のままなので不思議に思っていたところ、朝日が照らし出したのは、広大な山域を覆う何千何万もの木々の落葉姿という、目を疑いたくなるような光景だったのだ。
 このナラ枯れブナ枯れの現象の直接の原因は異なるものの、顕著になったのは2000年頃からで、特にこの4、5年被害が急増しているらしい。この時期ここに来た8年前は、山腹は黄や朱に彩られていたのだ。ナラ枯れの原因は体長約5mmのカシノナガキクイムシとその共生菌?ナラ菌(ラファエレア菌)で、幹に穿入するカシノナガに付いたナラ菌による、水分を運ぶ道管の破壊が致命傷とのことだ。ブナのほうは6mm程のウエツキブナハムシの幼虫が葉を食荒らす為らしく、木本体が枯れることは幸いないらしい。ただ不気味なのは、そうした害は昔からなのに、ひと山壊滅させる程の急激な大発生の理由が不明だという事だ。ここでは環境異変と言えば“お決まり”の温暖化はあてはまりそうもない。両被害とも特に南から徐々に遡っている現象ではないからだ。ブナハムシは5〜10年周期で大発生し、約3年で自然終息するという説もあり一時な被害で済む可能性もあるが、ナラのほうは倒木を待つだけだ。有効な予防策は今のところ一本一本薬剤を注入するという気の遠くなるような営為があるのみらしい。
 今回結局私は、黄葉の朝、夕映えの撮影を諦め、目的を大朝日岳登頂往復に変更した。復路途中、御影森山南斜面が実は楓の大群生地で、山全体が夕日に深紅に染まるという望外の絶景を見るという幸運にも浴したものの、そこで時間をとったせいもあり、十三夜の月を友に下山はまた闇の中。斜度誤認で何度も転んで血染めの腕で朝日鉱泉に着いたのは何と午後8時前。その間重い“アナログカメラ”と三脚を連れて、休憩と撮影時間を含め歩き続けること18時間弱。「疲れたりと言ふも愚かなり」という有様なのは勿論なのだが、そこに重い重い気疲れがどっと重なっていたのは言うまでもない。