Chikusei
・・竹青・・

むかし湖南(こなん)の何とやら郡邑(ぐんゆう)に、魚容という名の貧書生がいた。
どういうわけか、昔から書生は貧という事にきまっているようである。この魚容君など、氏(うじ)
育ち共に賤(いや)しくなく、眉目(びもく)清秀、容姿また閑雅(かんが)の趣(おもむ)きがあって、
書を好むこと色を好むが如(ごと)しとは言えないまでも、とにかく幼少の頃より神妙に学に志して、
これぞという道にはずれた振舞いも無かった人であるが、どういうわけか、福運には恵まれなかった。
早く父母に死別し、親戚(しんせき)の家を転々して育って、自分の財産というものも、
その間に綺麗(きれい)さっぱり無くなっていて、
いまは親戚一同から厄介者(やっかいもの)の扱いを受け、ひとりの酒くらいの伯父(おじ)が、酔余(すいよ)の
興にその家の色黒く痩(や)せこけた無学の下婢(かひ)をこの魚容に押しつけ、結婚せよ、よい縁だ、と傍若無人に
勝手にきめて、魚容は大いに迷惑ではあったが、この伯父もまた育ての親のひとりであって、謂(い)わば海山の大恩人
に違いないのであるから、その酔漢の無礼な思いつきに対して怒る事も出来ず、涙を怺(こら)え、うつろな気持で自分より
二つ年上のその痩せてひからびた醜い女をめとったのである。
女は酒くらいの伯父の妾(めかけ)であったという
噂(うわさ)もあり、顔も醜いが、心もあまり結構でなかった。
魚容の学問を頭から軽蔑して、魚容が
「大学の道は至善に止(とどま)るに在(あ)り」 などと口ずさむのを聞いて、ふんと鼻で笑い、
「そんな至善なんてものに止るよりは、お金に止って、おいしい御馳走(ごちそう)に止る工夫でもする事だ」
とにくにくしげに言って、
「あなた、すみませんが、これをみな洗濯して下さいな。少しは家事の手助けもするものです」
と魚容の顔をめがけて女のよごれ物を投げつける。
魚容はそのよごれ物をかかえて裏の河原におもむき、
「馬嘶(いななき)て白日暮れ、剣鳴て秋気来る」 と小声で吟じ、さて、何の面白い事もなく、
わが故土にいながらも天涯の孤客(こかく)の如く、心は渺(びょう)として空(むな)しく河上を
徘徊(はいかい)するという間の抜けた有様であった。
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